東京地方裁判所 平成9年(ワ)21223号 判決 1999年3月30日
原告
笹川堯
右訴訟代理人弁護士
篠原由宏
同
中野正人
被告
株式会社講談社
右代表者代表取締役
野間佐和子
右訴訟代理人弁護士
河上和雄
同
的場徹
右的場訴訟復代理人弁護士
佐藤高章
同
福﨑真也
主文
一 被告は、原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成九年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告に対し、金一億円及びこれに対する平成九年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、日本全国において発行する朝日新聞、読売新聞、毎日新聞及び産経新聞に、連続する二日間、縦13.8センチメートル、横八センチメートルの五号活字で、別紙一記載の謝罪広告を掲載せよ。
第二 事案の概要
本件は、衆議院議員である原告が、被告の発行する週刊誌「週刊現代」に掲載された別紙二記載の記事により名誉を毀損されたと主張して、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償と謝罪広告の掲載を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、現職の衆議院議員であり、岩永米人(以下「岩永」という。)は、原告の政策秘書である。
被告は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする株式会社であり、週刊現代を発行している。
2 被告は、平成九年九月二二日に発行した週刊現代同年一〇月四日号(以下「本件週刊誌」という。)に、「真相追求ノンフィクション エリート官僚たちはナゼ次々に死を選んだのか」との見出しで始まる別紙二記載の記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。本件記事は、国家公務員の自殺が相次いでいることを取り上げた四頁にわたる記事であり、その記事中に、郵政省官房財務部情報システム課第一企画係長であった甲野太郎(以下「甲野係長」という。)が平成九年七月に自殺したことに関して、「『甲野氏が担当していたサテライト事業(全国約一五〇〇の郵便局に郵政業務を衛星中継するもの)の入札の件で、笹川堯代議士が岩永米人秘書とよく彼を訪ねていた。自殺の直前、岩永氏は甲野氏に強い口調で接しており、そのせいで甲野氏は精神的に参っていた』(郵政省職員)という情報もあった。」との記述(以下、これを「本件記事部分」という。)がある。
本件記事は、被告の被用者で、週刊現代編集部に所属する広部潤(以下「広部記者」という。)を担当編集者とする取材班(以下「本件取材班」という。)が取材し、その結果に基づき同人が執筆したものである。
二 原告の主張
1 本件記事部分は、これを前後の記述と併せて読むと、原告が甲野係長をよく訪ね、サテライト事業の入札の件で圧力をかけた結果、同人を自殺に追い込んだとの印象を読者に与えるが、かかる事実は存在しない。甲野係長の自殺原因が不明であるにもかかわらず、これがあたかも原告の圧力が原因であったとの印象を与える本件記事は、虚偽の事実を摘示して、原告の名誉を毀損するものである。
2 原告は、右の名誉毀損によって、著しい精神的打撃を受けたが、週刊現代が多数の読者に購入されていること、原告が現職の衆議院議員であり、その名誉が毀損されたときの影響が通常人以上に大きいことなどにかんがみれば、原告の右精神的損害に対する慰謝料は一億円を下らない。また、原告の名誉の回復のためには、別紙一の謝罪広告を朝日新聞他の全国紙に掲載する必要がある。
3 よって、原告は被告に対し、不法行為に基づき、慰謝料として一億円及びこれに対する不法行為後の日である平成九年九月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを、名誉を回復するための措置として、第一の二記載の謝罪広告の掲載を、それぞれ求める。
三 被告の主張
1 本件記事が、原告の名誉を毀損するものであるとする原告の主張は争う。
本件記事部分は、原告が、甲野係長が担当していたサテライト事業の入札の件で同人をよく訪ねていたという事実を伝えているに過ぎない。本件記事部分中に、岩永が甲野係長に強い口調で接していたことがあり、そのため同人が精神的に参っていたという趣旨の記述があるが、これは岩永の言動に関する記述であり、原告に関する記述ではない。
2 真実性ないし相当性の抗弁
本件記事は、平成九年に頻発した若手行政官僚の自殺を取り上げ、各事件の経緯や、背景事情を明らかにしようとした調査報道記事である。被告は、かかる高度な公共性が認められる事件について、専ら公益を図る目的で本件記事部分を掲載した。その内容は、相当な裏付け取材によって確認できた真実であり、仮に真実でなかったとしても、被告には真実と信じることにつき相当な理由があった。
したがって、被告が本件記事部分を掲載したことには、違法性ないしは故意・過失がない。
第三 判断
一 前記争いのない事実等、証拠(甲第一号証ないし第四号証、乙第一号証、証人広部潤、同岩永米人、同中澤欣三の各証言)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
1 原告は自由民主党に所属する衆議院議員で、平成三年一一月から平成四年一二月までの間、郵政政務次官を務めた。原告は、その議員会館の事務所に岩永を含めて三人の秘書を置いており、原告に対する陳情などの応対を、所管官庁ごとに三人に分担させていたが、政策秘書である岩永は大蔵省、郵政省及び建設省に関するものを担当していた。
被告は、雑誌及び書籍の出版等を目的とする株式会社であり、週刊現代を発行し、全国各地で販売している。広部記者は、週刊現代編集部に所属する被告の被用者であり、同誌の取材及び編集に携わっている。
2 郵政省では、平成三年ころから、全国の郵便局のうち普通局を中心として約一五〇〇局を対象に、通信衛星を使って、利用者に対するサービス、職員の研修、職務上必要とされる知識などに関する情報を映像で送信する事業(ピーサット事業。以下「本件事業」という。)を実施していた。本件事業は、従前アナログ放送によって行われていたが、平成九年当時、これをデジタル化し、チャンネルを増設する計画が進められており、これに必要となるデジタル映像受信装置など四点の設備機器についての一般競争入札が同年九月ころに予定されていた(以下、これを「本件入札」という。)。
甲野係長は、平成九年七月二二日当時、郵政省官房財務部情報システム課第一企画係長の職にあり、本件入札に関し、参加を希望する企業から意見聴取を行うほか、入札価格、各社の実績・技術力などを点数化して評価するための基準の作成業務などに携わっていたが、右同日、郵政省庁舎から飛び降りて自殺した。その自殺の動機は、今もって不明である。
3 平成九年一月から八月にかけて、国家公務員のうち国家公務員採用Ⅰ種試験によって採用された、いわゆるキャリア官僚と呼ばれる職員が相次いで自殺した。広部記者は、これがキャリア官僚の組織内部における何らかのひずみを象徴しているのではないかと考え、週刊現代の編集会議において、自殺の背景事情を取材し、記事にすることを提案した。週刊現代編集部は、右提案を採用して、広部記者を編集担当者とし、四人の取材記者で構成する取材班(本件取材班)に本件の取材を担当させることとした。
本件取材班は、同年八月二七日から九月二日ころにかけて、同年に自殺をした甲野係長を含む五人のキャリア官僚及び自殺未遂に終った二人のキャリア官僚に関する取材を行った。甲野係長に関しては、母親を始め、高校・大学時代の同級生や指導教官らから、同人の生い立ちや真面目で勉強好きであった人柄に関する証言を得たほか、郵政省の同僚や上司から、甲野係長が担当していた本件入札に関し、原告及び岩永が頻繁に甲野係長を訪ねており、特に、その自殺の直前に、岩永が甲野係長に強い口調で迫ることもあって、そのため甲野係長が精神的に参っていたとする証言(以下「本件証言」という。)を得た。本件取材班は、この証言に着目し、本件事業の概要や本件入札に関する甲野係長の職務内容について、郵政省広報室などに問い合わせるとともに、本件入札への参加を予定していた企業の担当者に対する取材をした結果、本件入札には大きな利権が絡んでいるため、政治家である原告が本件入札の進行状況について説明を求め、原告の秘書である岩永が甲野係長に強い口調で迫るなどの所為に及ぶ可能性は十分にあり、原告にかかる陳情をした企業も想像できるとする旨の証言などを得た。
以上の取材結果を踏まえて、本件取材班は、同年九月一日ころから、衆議院議員会館内にある原告の事務所に再三架電し、岩永への取材を申込んだが、同人が不在のため連絡を取ることができず、ようやく同月八日、広部記者らが岩永と面談した。その際広部記者らは、岩永から、甲野係長と会ったことがあるかもしれないが、記憶になく、同人に強く迫った事実もないので、それが自殺の原因と言われるのは迷惑である、同人は転勤を苦にして自殺したと聞いている、本件入札のことは知らないとの趣旨のコメントを得た。
本件取材班は、岩永の発言内容及びニュアンスから、同人が甲野係長と接触していたとの感触を掴み、これまでの取材の結果を総合して本件証言が真実であるとの判断に達し、これを記事として本件週刊誌に掲載することとした。かくして、広部記者は、甲野係長以外の自殺者等についての取材結果と合わせて本件記事を執筆し、被告はこれを掲載した本件週刊誌を平成九年九月二二日に発売した。
二 以上の事実を前提に、本件記事が、原告の名誉を毀損するものであるか否かにつき検討する。
1 広く一般に報道された記事の内容が、他人の名誉を毀損するものであるか否かは、一般の読者の通常の読解力及び理解力を基準として、当該記事を全体的に観察して判断するのが相当である。以下、この観点から、本件記事の構成及び本件記事部分の全体における意味ないし位置づけなどについて検討する。
2(一) 本件記事は、本件週刊誌の一七六頁から一七九頁にかけて掲載された。本件記事の冒頭には「真相究明ノンフィクション」との標題があり、一七六頁と一七七頁の見開き部分中央には「国家公務員の自殺者は一年で一〇四人! エリート官僚たちはナゼ次々に死を選んだのか」という大見出しが配置され、一七六頁下部には、本件記事への導入として、「遺書も残さず、はっきりした理由もなく、発作的に死を選ぶ高級官僚が増えている。……自らの命を絶つエリートはどんな素顔なのか。自殺症候群から垣間見える霞が関のゆがみとは?」との記載がある。
これらの記載によれば、本件記事は、国家公務員の中でもエリートと称されるキャリア官僚の自殺が頻発していることにつき、その動機や背景事情を解明することを主題とするものであることが明らかである。
(二) 以上の冒頭の記載に続けて、本件記事は、「声を詰まらせて母親は語った」との小見出しから本文へと進む。本文は、まず平成九年八月までに発生した国家公務員五人の自殺を、国家公務員における自殺者が多数にのぼっていることを示すデータを交えて紹介した上で、「……エリート官僚は、なぜ死を選んだのか。まず、三二年間の短い生を終えた、郵政省・甲野太郎氏の足跡をたどってみたい。」として、甲野係長の自殺を巡る記事が始まる。冒頭に、自殺の理由が分からないとする同人の母親の証言が紹介された上で、同人の生い立ちが関係者の証言によって浮彫りにされる。これによると、同人は、少年期から、几帳面で、勉強熱心な性格であり、郵政省に入省後も、「優秀な技術者だと評価が高まっていた。」とされる。その同人が「なぜ自殺をしなければならなかったのか。」という疑問を提起して、甲野係長の生い立ちに関する記事は締めくくられている。
(三) 以上に引き続き、本件記事は、「霞が関のゆがみが自殺で浮き彫りに」との小見出しを配置し、甲野係長の自殺の原因の背後には、官僚世界の「ゆがみ」と称すべき構造的問題が存在していたことを指摘する。これに続く本文は、まず、甲野係長が自殺をした日が、同人の大阪への転勤の日であったことを披歴しつつ、「それが自殺の引き金になった可能性は考えられない。」とする同僚及び母親の証言、さらに甲野係長が引越しの荷造りを済ませており、転勤を苦にしていた様子は窺えなかったとする趣旨の母親の証言を紹介し、右転勤が自殺の動機であった可能性を否定する。次いで、「ただ、仕事のストレスは相当たまっていたようだ。」とし、甲野係長が「最近は本当に忙しいんだ。お母さん、疲れたよ」と電話で訴えていたとする趣旨の母親の証言を紹介し、甲野係長が自殺の直前、「仕事のストレス」を抱えており、これが自殺の原因となった可能性が高いことを暗示した上で、「また、『甲野氏が担当していたサテライト事業……の入札の件で、笹川堯代議士が岩永米人秘書とよく彼を訪ねていた。自殺の直前、岩永氏は甲野氏に強い口調で接しており、そのせいで甲野氏は精神的に参っていた』(郵政省職員)という情報もあった。」と記述して、本件証言を紹介する(本件記事部分)。この本件証言に対しては、「甲野さんとは一、二度、会ったと思うが記憶にない。……彼は転勤を苦にして自殺したと聞いている。入札についても、私は知らないし、関係がない。」とする旨の岩永の反論のコメントが紹介されているが、その一方で、「岩永さんはサテライト事業の入札の状況がどうなっているかを、ちょくちょく私のところに聞きにきていました。」という甲野係長の元上司の証言を引用し、「関係者の話は見事にチグハグ。甲野氏の死から、官僚社会とその周辺のゆがんだ構造が垣間見えた形だが……」として、甲野係長の自殺を巡る記事を結んでいる。
(四) なお、本件記事は、右の記述の後に、甲野係長と同様、平成九年八月までに自殺をした二人のキャリア官僚の事例を紹介し、「省庁再編で死を選ぶ官僚は急増」との小見出しとともに、事前に将来のコースが決まっていて選択肢が少ない職場環境などが自殺が続く原因であるとする医師らの見解を紹介して、締めくくっている。
3 このように、本件記事は、キャリア官僚と呼ばれる国家公務員の自殺が頻発していることについて、その動機や背景事情を解明しようとする記事であることが明らかであるところ、甲野係長に関しては、大阪への転勤が自殺の動機となった可能性を否定し、「霞が関のゆがみ」と評される官僚社会の構造的問題や「仕事のストレス」が原因となった可能性が高いことを指摘した上で、本件記事部分を掲載する構成を採っている。そして、右の構成による本件記事には、本件記事部分に至るまでの記述の過程においては、その指摘する「霞が関のゆがみ」の実相について何らの具体的な摘示はなく、甲野係長の「仕事のストレス」についても、僅かに、同人が職務繁忙で疲労していた旨を窺わせる記述を掲げるにとどまっている。これに対して、本件記事部分は、現職の衆議院議員である原告とその秘書の実名を挙げて、原告らが本件入札に関して担当官である甲野係長に何らかの申入れをし、同人がその対応に苦慮していた旨を摘示するものであって、これに至るまでの甲野係長を巡る漠然とした状況の記述に比して格段の具体性を帯びたものとなっている。このことに加えて、本件記事が岩永の反論のコメントと甲野係長の元上司の証言が食い違うことを捉えて、「官僚社会とその周辺のゆがんだ構造」と論評していることからすれば、本件記事の読者は、これが指摘する「霞が関のゆがみ」とは国会議員(換言すれば政治)の国家公務員(換言すれば行政)に対する不当な圧力であり、かつ、それが甲野係長に「仕事のストレス」を生じさせた一因であって、ひいては、これらの要因が同人の自殺を招いた可能性があるとの印象を抱くものと認めるべきである。
右の点に関し、被告は、本件記事部分は、原告については、本件入札の件で甲野係長をよく訪ねていたという事実を伝えているに過ぎない旨主張するけれども、前記認定にかかる本件記事全体の文脈・構成にかんがみれば、これが読者に与える印象は右判示のとおりと評すべきである。被告の右主張は、本件記事の断片部分のみを捉えた立論であって、採用することができない。また、被告は、本件記事部分において、甲野係長が精神的に参っていたことの直接の原因とされているのは岩永の言動であるから、原告の社会的評価は低下しない旨主張するけれども、本件記事の読者は、たとえ岩永の言動ではあっても、それは衆議院議員である原告の指示又は意向を受けたものとの印象を持つであろうことは推認するに難くない。加えて、本件記事部分において、原告自身も甲野係長に頻回に会っていたとすることは、右の印象を補強するものである。そうすると、原告は、本件記事により、自らの言動である場合と同等の社会的評価の低下を免れないとみるべきであるから、被告の右主張も当を得ない。
4 そして、およそ人のある言動が第三者の自殺の原因となったと広く報じることは、現下の社会においては、その言動をした者に対する道義的・倫理的非難を招き、その者の社会的評価を低下させることが明らかであるから、本件記事によって原告の社会的評価が低下し、その名誉が毀損されたとみるべきである。
三 そこで、次に、被告の抗弁について判断する。
1 原告が現職の衆議院議員であることは、前記認定のとおりであるところ、公務員に対する名誉毀損による不法行為にあっては、公然事実を摘示して人の名誉を毀損したことにより直ちに不法行為が成立するものではなく、右事実がその主要な点において真実であることが証明されたときは、違法性が阻却され、また、右事実が真実であることが証明されなくても、行為者が右事実が真実であると信じ、かつ、信じたことについて相当な理由があったときは、当該行為について故意または過失を欠くものとして、不法行為が成立しないと解される。
2 本件記事部分は、前記のとおり、原告と岩永がよく甲野係長を訪ねており、特に、同人の自殺の直前、岩永が甲野係長に強い口調で接していたため、同人が精神的に参っていたとの真実を摘示するものである。
そこで、まず、本件証言に係る事実がその主要な点において真実であったか否かにつき検討するに、証人岩永の証言(甲第四号証の陳述書の記載を含む。)及び証人中澤欣三の証言によれば、岩永は、○○株式会社(以下「○○」という。)の系列企業である株式会社△△の社長田中千恵次から、本件入札に関して△△に便宜を計って欲しい旨の陳述を受けて、平成九年四月ころ、本件事業を所管する郵政省官房財務部情報システム課の課長で、甲野係長の上司であった中澤欣三(以下「中澤課長」という。)を訪ね、右の陳情を取り次ぎ、善処を依頼したこと、これに対して中澤課長は、本件入札は国際入札であり、特定の国内企業を優先的に取り扱うことはできないとして断ったこと、岩永は、その後も同年五月、六月の二回にわたり、中澤課長を訪ねて、本件入札の進行状況などを聞くとともに、重ねて△△のために善処を依頼したことが認められる。しかしながら、原告自身が単独で又は岩永と共に甲野係長を訪ねていたこと、同人の自殺の直前、岩永が甲野係長に強い口調で迫るなどしたため、同人が精神的に参っていたことなど本件証言に係る事実については、それが真実であることを認めるに足りる的確な証拠はない。広部記者の供述(乙第一号証の陳述書の記載を含む。)中には、本件証言は複数の目撃者によるものであるとする部分があるけれども、岩永及び中澤課長の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、現職の国会議員又はその秘書から各省庁に対して説明要請がされた場合、各省庁は、局長、課長又は課長補佐が説明に赴く形で対応するのが通例であり、係長クラスが単独で右説明要請に対応する例はないこと、まして、国会議員又はその秘書が各省庁の係長を自ら訪ねて、所管事務について説明を受けたり、陳情を取り次ぐなどの事例はほとんどないことが認められ、この認定事実に照らすと、広部記者の右供述部分は、それ自体抽象的であることとも相俟って、その信ぴょう性には疑いが存するといわなければならない。
3 次に、本件記事を執筆した広部記者において、本件証言に係る事実が真実であると信じ、かつ、信じたことについて相当な理由があったかにつき検討する。
まず、広部記者が、本件証言に係る事実を事実であると信じたことについては、これを肯定する同人の証言により認めることができ、この認定に反する証拠はない。
そこで、広部記者が本件証言に係る事実を真実と信じたことについて相当な理由があったか否かにつき検討すると、広部記者は、そのように信じた理由について、本件証言は複数の目撃者によるものであること、本件事業は、国会議員の介入を招くほどの利権性を帯びたものであることが確認されたこと、原告は、いわゆる族議員として郵政事業に強い影響力を有していること、本件入札への参加を希望している企業の担当者から、原告が本件入札に介入していることを示唆する証言が得られたこと、取材に応じた岩永が、甲野係長と面識があったことを否定せず、かつ、同人の自殺を気にかけている様子であったことなどの諸事由を総合的に勘案した結果である旨供述する。
しかしながら、右事由のうち、本件証言が複数の目撃者によるものであるとする点が措信し難いことは前判示のとおりであり、その余の事由(広部記者の得た情報が正確であると仮定して)も、せいぜい原告と岩永が本件入札に関心を抱き、何らかの関与をした可能性があることを窺わしめる程度のものにすぎないのであって、これらの事由から、本件証言に係る事実、すなわち、原告が岩永と頻繁に甲野係長を訪ねており、同人の自殺の直前、岩永が甲野係長に強い口調で迫っていたため、同人が精神的に参っていたという事実の存在を裏付けるには到底足りないというべきである。
のみならず、本件記事は、その文脈・構成から、読者をして、本件証言に係る原告と岩永秘書の言動が甲野係長の自殺の原因となった可能性が高いとの印象を与えるものであるから、本件証言の真実性については、より慎重な吟味を要するというべきである。けだし、事柄は一人の人間の自殺に関わるものであり、その動機・原因は、個々の属人的事情を含めて、極めて多様であることが想定されるからである。しかるに、広部記者らは、右に要求される吟味を怠り、関連性の乏しい周辺事実から本件証言に係る事実を真実と信じ、これを安易に甲野係長の自殺に結びつけたものとの誹りを免れない。
以上によれば、広部記者らが本件証言に係る事実を真実と信じたことについて、相当な理由があるものということはできない。
4 叙上のとおりであるから、本件記事部分は、原告の名誉を毀損するものであり、違法性並びに被告の故意及び過失の存在を否定する事情は認められない。
したがって、本件週刊誌を発行した被告は、民法七〇九条、七一〇条に基づき、原告に対し、右の名誉毀損による不法行為責任を負う。
四 そこで、原告の被った損害とその回復方法について検討する。
本件週刊誌が全国各地で販売されていること、本件記事が、原告らの言動が一公務員の自殺の原因となった可能性があると指摘する趣旨の内容であり、かかる帰結をもたらした右言動ついては、一般に、強い道義的、倫理的非難を招く性質のものであることにかんがみれば、本件記事の掲載によって、現職の衆議院議員たる原告の社会的評価が低下し、ひいては、原告の政治活動が阻害されたであろうことは推認するに難くない。しかしながら、他方、本件記事は、いわゆるキャリア官僚の自殺が頻発する事態に着目して、その動機や背景事情を解明しようとするものであり、必ずしも十分な分析がされていないうらみはあるものの、これを「霞が関のゆがみ」と称する政官界を通じた構造的な問題に根元があると措定しようとした試みは、ジャーナリズムの在り方として汲むべき余地があること、本件記事は、原告が甲野係長と接触があったことを断定的に述べるのではなく、本件証言を括弧付きで引用するという、いわば間接的な表現方法にとどめていること、本件記事には、原告側の当事者の一人とされる岩永の反論のコメントも一応掲載されていることなど、被告側の事情についても考慮する必要がある。
これら本件に現れた一切の事情を斟酌すれば、本件記事によって被った原告の損害を賠償する慰謝料は五〇万円をもって相当するべきである。また、原告は、名誉を回復するために適当な処分として、謝罪広告の掲載を求めるが、本件週刊誌が発行されてから相当期間が経過していることや、その他本件に現れた一切の事情を考慮すれば、その必要があるとは解されない。
五 以上のとおりであって、原告の請求は、被告に対し、五〇万円及びこれに対する平成九年九月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・小池信行、裁判官・渡邉左千夫、裁判官・堀部亮一)
別紙<省略>